「いらっしゃいませ・・・」
「どうも・・・後から連れが1人来るんですけど」
「かしこまりました」
「それで、そうだな、今日はジントニックからお願いします」
「かしこまりました」
そう言うと彼、いや「彼」と言ってしまわない方が良い。
オレに16才の頃から、酒の味、文化、雰囲気を教えてくれた人。
そう、オレの酒の師匠とも言える人に「彼」はなかったな・・・。
この地域では、一番のベテラン・バーテンダーのKさん。
最近は「マスター」と呼ぶお客が多いが、馴染み客は名前で呼ぶ。
オレたち仲間にとっては、ガキの頃からずっとKさんだが。
Kさんは静かに手短な返事をすると、ボンベイサファイアのボトルに手を伸ばした。
その日も、突然の訪問だった。
もっとも、オレはバーに予約を入れるほどヤボじゃない。
そしてオレはいつもの席、一番奥のバーカウンターチェアに身を置いて。
となりの席に荷物を置くヤボなこと、コレもまた、いつもならしないのだが。
カウンターに「マスター」と呼ぶ輩(やから)が団体?で5名ほどいて。
バーカウンターにしては、騒がしくしているその連中との間に。
3席しかなかったので、あえて連れの席をキープするためカバンをおいた。
・・・バーに来て、男5人でカウンターね・・・・・。
しかも男にしては、おしゃべりでうるさいヤツラだな・・・・・・・・。
オレは心の中でつぶやいたが、「男にしては」と書けば。
バーカウンターが似合う女性に「ソレって女はおしゃべりってコト?」と怒られそうだ。
いやいや。そんなことを言うつもりは、ぜんぜんない。
またバーカウンターでは「男は黙って酒を飲め!」と言うつもりも、毛頭ない。
バーだっておしゃべりして、男も女も楽しくにぎやかに過ごして良いのだが。
にぎやか過ぎるのは、バー以外のレストランや飲食店でも迷惑な行為だと思う。
それほど彼らの話声は、他の人と隣接するカウンター席にしては大き過ぎて。
マル聞こえの内容に具体的な会社名など出ていて、ヤボな連中だっただけだ。
たとえて悪いが、ベテランのママを目当てに鼻の下を伸ばしたオッサンが。
カウンターを陣取るスナック、それはそれで味があるとしても、この店はちがうんだ。
いや、何よりも。スナックでもバーでも、カウンター席で。
男5人で連れ立って横並びなんて、絵にならない、ハッキリ言ってヤボだ。
「おまたせしました、ジントニックです・・・」
時間にして、こんなことを考えていたのも数分間だった。
オレのつまらんイラついた気持ちをすっーと静めるかのように。
Kさんの言葉と共に、そっと目の前にグラスがおかれた。
ジントニック。ジンとライムとトニックウォーターで構成された一杯。
シンプルだが、シンプルゆえにカクテルとしては奥が深いといえるだろう。
バーにより、それぞれの味があり、提供の仕方もちがう。
そのバーやバーテンダーさんの特徴、また好みが出やすいとも言える。
ちなみにマティーニも、同じジンベースで構成はシンプルだが。
まさに千差万別、カクテルのAにしてZ、入門にして卒業の一杯とも称される。
今、最新作が上映中の007、かのジェームズ・ボンドは。
ジンでなくウォッカで、しかもシェイクという指定までしている。
これが世に言うボンド・マティーニだが、シリーズ第1作で供された一杯が。
オマージュをこめて、最新作ではおもしろい形式で登場している。
そういえば。
先日の銀座のバーでお目当てにした一杯も、その店のオリジナル・マティーニ。
・・・そう、マティーニは、レシピがあるようでないのかもしれないな、と思い出しながら。
そのジントニックは、一口で心を静めるには十分すぎる一杯だった。
「いらっしゃいませ・・・」
「お待たせ・・・近いけどタクシーで来ちゃった・・・」
Kさんの声と共に、オレの隣に身を寄せる連れ。
タクシーで来た、少しでも早くアナタに会いたくて・・・なんて余分なセリフはない。
知り合いが見れば、不思議がるかもしれないが。
オレと連れは、二人きりの時は意外としゃべらない。
それでも、バーカウンターでの香水の話になって。
そして、それはシガー(葉巻)の話へと変わって言った。
「・・・反対に言えば、じゃなんでシガーはバーカウンターでOKなのか?
香りも強いのに、むしろ必需品として、酒のパートナーとして。
バーにはつきものだけど、香水がダメなのに!これじゃ不公平よ!って。
世の女性に言われそうな気もするね・・・」
「あら、シガーは当然でしょ?だってお酒の香りとシガーの香りのマリアージュ
きちんとしたフレンチのレストランでは、ワインとお料理と同じように
食後のお酒に合わせて、ソムリエさんがシガーをすすめてくれるわよね
・・・でも、あなたってシガーしないじゃない?いつも、お酒ばかりで・・・」
「ああ、興味があって、若い時にチャレンジしたいと思ったことがあってね
でもなんか、まだ背伸びしすぎかな、って感覚もあってさ、遠のいていたんだ
でも、そろそろ試してみようかな・・・始めるならこのKさんの店と決めていたんだ・・・」
「そうよね、アナタの師匠のお店だものね・・・でもこのお店、シガーなんてあったかしら?
目にしたことがない気がするわ?どこにあるの?見落としているのかしら?・・・」
「いや、シガーの品質を管理する意味もあって・・・
これ見よがしに、バックバー(カウンターうしろの棚)に置いていないだけさ
中には、これでもか!ってライトをあて、
バックバーのど真ん中にドーン!と飾っている店もあるけど・・・
ココはちがうんだ、シガーの状態を良好に保つためにきちんとしまってある・・・
たしか、そうですよね、Kさん?シガーのメニューもありましたよね・・・」
「はい、ウチでは品質を保つため、シガーは目に付くところにおいていません
ご興味がある、ご注文したい方にお声がけいただいて、初めてメニューをお出しします」
「そうですよね、それに銀座でしたっけ?初めてのバーでKさんがシガーを出して
アウェイ感いっぱいのカウンターが、一気に見る目が変わったという話は・・・」
「はい、銀座でなく、京都のバーの話です・・・職業柄、全国でバーはよく行きます
おもしろいもので、バーテンダーは同業者とわかるのですが、お客さんはわかりません
その日も、どこの誰が来たんだ?カウンターに陣取って・・・という目で見られていました
それがシガー大丈夫ですか?と聞いて、ポケットから出してシガー・カッターで切って
専用のライターで火をつけて味わい始めたんですが・・・ちょっとザワってして・・・・
アイツ、シガーを出したぞ!それに自分でカッター使って!専用ライターで!なんて!
何者なんだ?アイツは?・・・という感じが他のお客さんから伝わって来ました」
「なるほどね~・・・バーに通いなれた人間は、時に通っている常連よりも
バーテンダーさんに一目置かれることがあって、シガーもその一つ、って話
この間、したばかりなんですよ・・・」
・・・こうしてその日の夜も。
シガー以外にも、いろいろな話で盛り上がったが。
とうとうシガーは試すこともなく、楽しく連れと飲んだオレは。
ホームグランドをあとにした。
それでも思ったとおり、オレは酒を教わったKさんに。
次の機会に、シガーを教わった・・・少し大人の香りがする気分を味わいながら。
実に昔からのなじみのバー、いやバーに限らず通い続けているお店があるということは。
人生を豊かに、幸せにしてくれるものだ・・・これは、オレが曲げたくないポリシーの一つだ。
ぜひ2代目横丁の読者の方にも、男性・女性を問わず。
マイ・バー、通いなれた店、人生の止まり木を見つけて欲しいと思う。
では、次回は。
お寿司屋さんのカウンターで起きた事件についてお話しよう。
その事件は、バーで起きてきた一連の連続事件とは異なる性質の事件だ。
寿司屋さんのカウンターに関するものでなく、経営者としてリーダーとして。
社員やスタッフが辞めた、そんな時に感じるストレスについて少し話したい。
ではでは、また。
次の機会に、お会いしよう。
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