どこぞの町と同じで。
この物語の舞台である、とある城下町も。
風鈴がちりん、ちりん。
そんな優雅な夕涼みとは、無縁の暑い日が続いております。
まぁ、それはそれとして。
よし夏だ!今年はガンバるゾ!と。
気合十分なお天道様には、ちょっと申しわけないですが。
今日も今日とて、越後屋はなじみのお店で。
やや明るい夕刻のうちから、しっとりと女将と過ごしおりました。
「なぁ、女将・・・先日の若い二人との話だけど・・・」
「先日?・・・あぁぁ!あの武蔵屋と庄内屋の若だんさんとのお話どすなぁ~」
そう。女将は、越後屋と二人きりの時は。
生まれ育った京言葉で、時おり応えるのですが。
京にいたのも、まだ10代のころ。
女として、より一層の磨きがかかった今は。
人前でめったに、京言葉を使うことはありません。
「あの時に、チャンスの女神の話をしたけれどさ」
「はい、確かに」
「ようするに、チャンスとピンチはよく入れ替わる
チャンスと思っても調子に乗ると、足元をすくわれるって話なんだが・・・」
「はい、そうどしたなぁ」
「いやね、イヤな感はあたるというか・・・老婆心の話だったんだけど・・・
やはり大商いをまとめた庄内屋さん、ちょっとムリがあったみたいでね・・・」
「・・・何か、あったんどすか?庄内屋はん・・・」
「うん、やはり商い中にしくじって、大変なことになっているらしいわ・・・」
「そうどしたか・・・」
「それで、何か寝覚めが悪くてね・・・自分の予感があたった、ヤッパリな!という気持ち
あと言わんこっちゃない、それ見たことか!という気持ち、それにもう一つ・・・・」
「・・・もう一つ?・・・なんどすの?」
「いや、心のどこかで・・・失敗するように期待していたというか、何というか・・・
それで寝覚めが悪くて、今日はこうして一人で女将に会いに来たわけさ」
「そうどしたか・・・越後屋のだんはんは、ホンマにお優しい方どすなぁ~・・・」
「いや、やさしいわけじゃないよ・・・細かいところが気になるだけというか・・・
やはり他の人の不幸を願ったようで、そんな自分がイヤなんだろうね・・・」
「それが優しさとちがいますか・・・そんなあんさんが好きどす・・・ウチは・・・」
こういうと、やさしく頬を越後屋の肩に乗せる女将。
「ありがとう、オレも同じさ・・・」
そういって女将の肩をそっと抱く越後屋。
「・・・・そうそう、惚れた、好きだ、という話で一つ思いだしたよ・・・」
「へぇ、なんどすの?」
そっと杯に酒を注ぎながら、上目遣いで女将は越後屋を見上げます。
その色っぽさに、胸をキュンとつかまれる越後屋。
「・・・つくづく、思うわ・・・年がいくつになっても、何回も恋をして来たとしても・・・
恋に落ちたときめきと恋を失った悲しみに、慣れることはないもんだな・・・」
と、独り言のように女将につぶきます。
「それはウチも一緒どす、こんなお店をしてると
ぎょうさん、男衆はんを女将として見てきたんどすが・・・」
今日は二人きり、ということでお酒を付き合ってくれている女将に。
今度はそっと、越後屋がお酒を注ぐと。
「女将でなく、一人の女として・・・
好いたお人を見る眼は、それとは別のもんどすぇ・・・」
杯に少し口をつけながら、よりいっそう潤んだ瞳で。
女将は、越後屋に微笑みかけるのでした。
「そりゃ女将から好かれるなんて、男冥利につきるなぁ~
どこのどいつや?うらやましいかぎりだわ~」
「いけずせんといて下さい、知ってはるくせに・・・
思い出したって、そんな話どしたん?ウチの気持ちどすか?」
少しすねたように、越後屋の手をぎゅっと握る女将でした。
「ち、ちがうよ!女将の気持ちじゃないよ!
いやね、この間、備前屋の若だんなから相談があるって言われてね・・・」
年甲斐もなく、慌てた越後屋は。
女将の手のひらで、コロコロ転がされる若造のようです。
そんな越後屋の様子に、クスッ!笑いながら。
「備前屋はんって、昨年にお父さまを亡くして、跡を継ぎはったって言う・・・」
「そうそう、その跡を継いだ備前屋の2代目さ、それが相談ごとがあるというんで
人目につかないように、となりの宿場町の料理屋で会ったんだよ、そしたらね・・・」
「そしたら?」
「てっきり商いの相談かと思ったら、ちがうんだ、女、女の相談さ」
「おんな?なんでまた、越後屋はんに女の相談を・・・」
「そうだろう、そしたら、備前屋さんこういうんだ、
越後屋さんは女にも慣れているようだから、相談したって・・・」
「そうどしたか・・・越後屋はんは、おなごの扱いに慣れてるんどすか?・・・」
「おいおい女将、かんべんしておくれ、オマエが一番知っているじゃないか
こう見えてもオレは、あちらこちらで浮名を流すようなヤツじゃないって・・・」
「・・・フフフ、そうどすなぁ~あんさんは・・・出会ったころは・・・
こんな風にお店にも来いへんような、まるで漬物石みたいなお人どしたから・・・」
「漬物石ってか!そりゃ通い詰めるお店もなく、いつもおつきあいばかり・・・
そこまで思わせるおなごもおらんかったしな・・・オマエに出会うまでは・・・
・・・おっと!・・・おいおい、その話じゃないよ、備前屋の2代目の話さ・・・
どうもいかんなぁ~オマエと話していると、話が横道にそれていかん・・・・・・」
相変わらず、1人の男というか。
女将の前では、素にもどる越後屋でしたが。
「ようするに、何が言いたいか?って言うと、商いをやっているといろんな誘惑がある
一つは、さっき話に出た庄内屋さん、商いに対する欲、大きく儲けたい!という気持ち
そして儲けた人がうらやましい、武蔵屋の若だんなみたいな気持ち、嫉妬というのかネ
それは私も同じ、心のどこかで儲けたヤツがうらやましいというか、何というか・・・」
ここで、いつもの商人の顔になって、静かに話し始めます。
「その他に、もう一つ、よくある誘惑、それが女性の話さ・・・というのもね・・・
私は以前から、南蛮渡来の心理学って言うヤツの先生、それも学問所で学んだのでなく
養生所にいるお年寄り、牢に入れられた罪人、それに夫婦(めおと)や親子など・・・
いろんな現場で実践の経験を積んできたお人に、10数年、教えてもらってきたんだけど
・・・その先生が言うには、女性とのいろんな快楽や喜びは、商いの快楽や喜びと比べると
男性の行動欲と所有欲、何かをして何かをつかまえるという狩猟的な欲望と一致していて・・・」
そこまで言うと、杯のお酒をクッ!と空けて。
「・・・それで昔から、英雄色を好む、と言われたり
仕事のできるヤツは女性にモテる、と言われたりしているって話さ・・・」
さてさて。一見すると、男の勝手な言い分や言いわけ?に聞こえるかもしれませんが。
それは、それとして。
世の中には2代目と言われる、親の跡を継いだ息子さんが。
商いとか仕事の次くらいに女性で失敗したお話、決して少なくないように思います。
もちろん。程度の大小があって、ウワサ程度からちょっとしたトラブルから。
大きくなると商いを傾かせたり、世間さまに顔向けできないほどヒドかったりと。
いろんなケースがございますが、それも何よりも。
越後屋に相談してきた備前屋の2代目も、その手の話でございます・・・。
どうも越後屋の商い帳、実際に様々な2代目とあった話を物語にした上で。
備忘録として自分の反省も入れておりますことから、長くなっております。
その点は、お許し頂いて。
この話は、またまた次回。
お後がよろしいようで、続きまする・・・。
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