2016年1月13日水曜日

深夜 大人の時間!寿司屋のカウンターにて

「いらっしゃい!」

板さんの声が響く静かな寿司屋。

20名くらいは座れるだろうか?大きなカウンターには誰もいない。
いや、いくつかある小(こ)上がりの座敷にも客の姿は1人もない。

そりゃそうだ・・・。
時刻は、とっくに明日へ変わっていた。

オレはカウンターの奥目の席に身をゆだねることにした。

「二人なんだけど」

「ハイ、わかりました。お飲み物は何にしましょう?」

「そうだな、お酒をヌル燗で」

「ハイ、ありがとうございます。日本酒!ヌル燗お願いね!」

「あと、とりあえず酢ガキとウナギの肝焼きってまだあります?」

「ありますよ!」

「じゃそれと・・・あと適当にツマミで出して下さい」

「ハイ、ありがとうございます!」

出てきたヌル燗を半分ほど飲んで。
カキ、刺身、そして肝焼きを1本食べたところで。

店の自動ドアの開く音がした。

「いらっしゃい!おや、こんな時間にめずらしい!!」

あきらかに、オレの時よりテンションの高い声で。
板さんは、1人の女性客を迎え入れた。

「そうね、たまにはね!」

その女性は、そう応えながら。
コートを脱ぐとオレの隣に細い体をすべり込ませた。

「コート、かけておこうか?」

「うん、大丈夫。脚にかけておくから」

「適当にツマミは頼んでおいたけど。
ウナギの肝焼きもあったんだけど食べる?」

「うん、食べる!あとビール下さい!」

「あいよ!生ビール、一つね!」

彼女と板さんのやり取りは、妙に明るい。

深夜の寿司屋。
そのカウンターで、静かに。

ハードボイルドにキメよう・・・と思っていたオレ。

その思惑は外れ、明るい彼女に微笑ながら。
一日の疲れが飛んでいく流れに、それならそれと身を沈めて。

オレは、この雰囲気を楽しむことにした。

すると、板さんが声をかけたのか。
それとも、会話の声から察したのか。

奥から、主人が顔を出して。

「あれ?いらっしゃい!」

と言いながら、カウンター中央に陣取った。

「そういえば、Rちやん、会社を辞めたんだって?」

「そう、本人が申し出てきたから」

「へえ~そうなんだ」

「まぁ私としては、メンドウ見てきたと思っていたけど。
本人には、通じなかったみたい・・・
ワガママも色々と聞いて上げたんだけどね・・・」

「ふーん、そう」

「結局は、会社の他の子も巻き込んで。
その上、お客との約束もドタキャンして。
やりたいこと勝手にやって!って感じだったのよね。
それもこの4ヶ月、色々とあったのよ!ホントに!」

「そっか、それじゃ仕方ないね」

「だって、それで次はドコドコに決まっているから!
なんて、次に行く場所まで出されたら!おかしいでしょ?
それで引止めらんないと思ったし、第一、止める気もなくなったわ!」

・・・大将と彼女は、先ほど大将の前に陣取った一組の客が。
常連らしい客がいることも気にせず、大きな声でやり取りを続けた。

「そうなんだ、いや、辞めたってきいたから。
てっきり業界から、脚を洗ったと思っていたよ・・・」

「ちがうのよ!もう、同じ業種の会社で働いているの!
それでもこの間、外で顔合わせたから。
こっちから、明るく声をかけたんだけど。
ヘンなことに、ロクにあいさつも返さないのよね!」

「そりゃ、そうだね。挨拶できないって言うのはネ・・・」

「そうでしょ!おかしいでしょ!?
辞めたって挨拶くらいはできなくっちゃ!
自分にうしろめたい所がなければ挨拶できるでしょ!」

オレはオレで、直接的にも間接的にも。
この話を知っていたので、黙って酒を飲みながら聞いていた。

しかし。

「そうだね、Rちやんがイイ、悪いでなくて。
2人が合わなかった、そういうことじゃないかな?
甘いものが好きな人もいて。
辛いものが好きな人もいるわけで。
それで離れたんだから、それはそれで良かったじゃないの?」

と口をはさんだ。

「・・・たしかに・・・そうよね・・・」

「それに。血圧が上がるような話は、よくないんじゃない?」

「そうね、せっかく美味しいものを食べに来たんだから!」

「そうそう!お腹は大丈夫?何か握ってもらう?」

「うん、まずは何か巻物がいいかな・・・」

「そっか、じゃあ例の太巻きのY巻きとかどう?」

「そうね、N巻きも頼もう!板さん、お願いね!」

「はい!どうしましょう?Y巻きは食べやすいように。
いつもより細くも巻けますけど?どうします?」

「へえ~!出前の時もそうだっけ?」

「ハイ、出前の時も少し細めにしてまして。
それよりも細く、普通の巻物くらいにもできますけど?」

「それじゃ具材も少なくて、Y巻きじゃなくなるんじゃない?」

「大丈夫ですよ、安心してください!ちゃんと入れますから!」

「うん!それでも少し細めくらいで!お願いするわ!」

「はい!了解しました!」

そんな板さんと彼女のやり取りに釣られて。

「そうそう!板さん、愛情も一緒に巻いてあげて!」

と軽口をたたくオレ。
もうハードボイルドも何も、あったもんじゃない。

「ハイ!もちろん!愛をこめて巻きますから!」

「もう~そんなこと言って、この板さんはね、
他の子にも同じようにしているから!」

彼女も、オレの軽口に乗ってきた。

「それじゃ、愛のように真ん中に心じゃなくて。
下に心、下心だよなぁ~この板さんの!」

「そうね!下心ね!フフフフ!」

・・・こうして、いつもの笑顔に戻った彼女を見ながら。

そう、どんな会社でも、お店でも。
一度、辞めると言い出した人を引き止めるのは難しい。

ましてや、次に行くところを決めているとしたら。
それはあり得ない、というか筋が通らない話であって。

そんな筋が通らない人を雇っておくのは、危険過ぎる。

仮にその人が長年勤め、業績に貢献して、能力があっても。
また信頼も厚く、信用もしていて、頼りにしていたとしても。

そのため、辞めると社員やスタッフに動揺が走ったり。
何かしらの影響があったり、業績が低下したりしたとしても。

そして何よりも、その人が辞めることに。
他の誰より、自分自身がストレスや痛みを感じるとしても。

すべてを乗り越えて、辞めさせるべきだとさえ思う。

そうなのだ・・・Rちゃんの話をしているうちに。
血圧が上がってくるのは、相当のストレスがあった証拠だ。

彼女にストレスをもたらす、もう1人の自分。
そんな自分には、バイバイ!さよなら!だ。

・・・やがてオレたちは、楽しく飲み、話して、お腹も満たされて。
タクシーを1台呼んで、いつものように帰りの途につくことにした。

すっかり元気になった彼女と。
やや?酔いがまわったオレ。

このあと・・・。
2人の夜、というより明け方近くなっていたが。

オレたちの時間は。

2人が深い眠りにつくまで、しばらく続くのであった・・・。

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