2015年7月23日木曜日

商いも恋も 一目ぼれこそ・・・

「まぁまぁ落ち着いて、話を最後まで聞いておくれよ、武蔵屋さん
まず人は、感情で行動を起こして、あとから理屈や理性で理由付けする・・・」

さすがに、マズいと思った越後屋は。
きちんと武蔵屋の若だんなの方を向いて語り始めると。

「というか、この感情というのは、子どもの頃からの親や周囲の人の教育や影響など
一見すると自分の感情や価値観だと思うかもしれないが、実は他の人からの伝承・・・」

は?一体、何が言いたいんだ?この人は?と顔をしかめる武蔵屋に。
まるで気づいていないかのように、淡々と話を続けていくのでした。

「たとえば富くじがあるよね
買う人からみれば夢があるとか、100両当たった人がいるとか

反対に買わない人から言わせれば
確率が悪いとか、当たるはずないとか、このように判断が分かれるね

どちらもある意味やある面では正しい、しかし別の面では間違っている・・・
どっちもどっち、甲乙つけがたいこと、世の中に多いというか、商売も人生も

白か黒か、右か左か、ハッキリしないものがほとんどだと言える・・・」

こう立て続けに、たたみかけるように越後屋は話します。

「そのとおりですけど、富くじの話とチャンスがつかめないという話は、関係あるんですか?
私は頭がグチャグチャで、何が何だか、よくわからなくなってますよ・・・」

今度は、やや弱りきった表情を浮かべる武蔵屋の若だんな。
ここから越後屋の話は佳境に入り、続いてまいります。

「ところがもし、誰も当たったことがない富くじならどうなる?
誰だって、決して買わないね、ところが確率は別として

確実に誰かには100両とか1両とか当たっているわけで
しかも他の人に当たって、自分には当たらないこともない

他人も自分も当たる確率、可能性は同じ、別の言い方や考え方をすれば
買わなきゃいつまでも、絶対に当たらないわけで、これもまた理屈に合った判断になるね」

こう一気に語り上げる越後屋に対して、押し黙ったままの武蔵屋は。

・・・・このおっさん、何を言いたいんだか・・・なんで富くじの話なんだ??・・・・

とまぁ、心の中でブツブツつぶやいておりましたが。

「言い換えれば、富くじを買う人は、最初から100両が当たった人の話とか
当たりやすい買い方や売り場の話を集めて、それを元に行動しているわけで

なぜ、そのような情報や話を最初から集めてしまうのか?といえば
子どもの頃からの親や周囲の人の教育や影響で、富くじを信じているからなんだ

反対に富くじを買わない人も同じこと、最初から富くじなんかお金のムダ遣い!
当てにならん!当てにしちゃだめだ!と教え込まれている、刷り込まれているのさ

このように人は、一見すると客観的な判断、たとえば多くの人が富ぐしを買っているとか
実際に100両が当たった人が、かわら版に出ていた、だからオレは富くじを買うんだと

こういう客観的な状況で考えて、自分は買うと決めたと
自分では、そう思っているかもしれないが・・・本当のところは

最初から富くじを買いたい!買ってもいいんだ!と感情で判断している
そんな自分の感情、直感的であいまいな判断を認める、自分を正当化するために

最初から買うと決めていたにも関わらず
富くじに当たった話や当たる方法の情報を集めて

あたかも客観的、冷静に分析して判断した
だからこの行動は正しいと後付で考えるんだよ」

ここまで越後屋が言い終わると。
武蔵屋の若だんな、ハッ!とした表情を急に浮かべて。

「そうか!富くじでなくても、たとえば商いの投資や売り買い
あとお客さんの行動も同じで、感情というか、子どもの頃からの価値観

潜在意識ってもんで、判断していると・・・」

武蔵屋は、自分に言い聞かせるように。

「だからこれはチャンスだ、今が良いタイミングだ
なぜなら、こういう情報があって、こういう数字かある

ソロバンや損得の計算も、ピッタリ
理論的にも、良いとされていると考えたとしても

そもそも最初から、これはチャンスだ!と決めてやっていることで

チャンスの女神がいる、というのも後付けの理屈や考え方
本当にチャンスがどうか、そういう意味では誰の保証も理屈もないわけで

チャンスの女神がどうか、わからない、違うかもしれないと考えれば!」

と話すと、越後屋はニッコリ笑って。

「その通り!武蔵屋さん、だから商いでチャンスと思える時
中でも、商品でもしくみでも、新しいことに商いで挑戦する時は

こうなったら止めよう、ここまでに結果が出なければ退くと
最初から決めて、臨んでいる商人ほど強いものはないんだよ

別の言い方をすれば、商人としてセンスの高い人は
商いを始めるとともに、撤退する道や相場、ラインを決めておける人さ

ましてや情報があふれかえって、良いものも悪いものも
とんでももない情報やインチキでも、一瞬に世の中に拡大する今の時代は

いろいろな出来事や状況が複雑に絡み合って
仮に筋が立っていた、理論や方法もすぐに陳腐化する

南蛮の国にあるという砂の海みたいな、砂漠という場所で
万が一に、道を外れると、水場に到着できず死ぬという考え方でなく

森や林の中、道に迷っっても、たまたま水場がある
ブラブラしていたら水が飲めた、くらいに考えて

チャンスやタイミングをつかんで成功したことは、あくまでも結果論
だからこそ、水が手に入ったことに安住してはいけないんだよ・・・」

今や目をキラキラと輝かせている武蔵屋に、こう告げるのでした。

「わかりました!越後屋さん!だから庄内屋の若だんなの大商いも同じで
大商いをまとめた!チャンスの女神をものにした!と思っても、油断してはいけないと

チャンスの女神が、魔女に化けて襲いかかるようになる、こう言いたいんですね・・・
・・・・・でも庄内屋さんの件、なぜ女神が魔女に化けるって考えたんですか?・・・・」

このような質問する武蔵屋に、越後屋は人目をはばかるように小声で。

「そうだね、ハッキリは武蔵屋さんにも言えないけど、庄内屋さんはかなりムリした節がある
まぁ、お縄になるほどヤバいことでないにしても、出入り商人の仲間内では問題になるな・・・

正直なところ、さっきのお城の出入り商人の寄り合いでも
庄内屋さんに聞こえないカゲでね・・・・

この敵(かたき)はとってやる!という人がいてね・・・
いくら商売の競争相手とは言え、敵と恨まれてはね・・・

たぶん長い目で見たら、この目先の成功より
ツケの方が大きくなるだろうね、それに一般的にも・・・・・・

・・・一度で3年分の商い、ってムリがあるとは思わないかい?
よく耳にしないかい?扇と同じ、広げすぎると倒れるもんさ・・・・」

と・・・マユをひそめながら話しかけました。

「ああ!その話は、少しウチの店にも聞こえて来ましたよ
でもウチのオヤジは、その手の話はキライで、人様の悪口は聞きたくないというか

実は私もキライで・・・あ!そうか!これも感情の判断、子どもの頃の価値観か!」

またまた理解を深めた武蔵屋の若だんな、そんな彼を見ながらうなづく越後屋は。

「いいかい武蔵屋さん、店の主人のそんな個人的な感情、価値観、感覚というものは
主人だけでなく、多くの店で番頭や手代、丁稚まで知っている、ウチの店はこうだ!って

たとえば、人様の悪口は言ってはいけないよ!って
武蔵屋さんの店では、良く店の者同士で話してないかい?

もしかしたら番頭さんが手代や丁稚さんにを叱る時とか
武蔵屋のオヤジさんや若だんな自身が、お店や家の人に良く口にするとか

これが商いでは大事な店の風土、家で言うなら家風になっていて、どんなことをする時も
風土や家風から外れる判断や行動は、チャンスの女神に化けた魔女に騙される元になる

別の角度から言えば、女神に化けた魔女を見抜く方法がコレ!

店の風土や文化、家の家風、自分の個人的な感情や価値観など・・・
この手のものを精神論と片付けたり、逆らっちゃたりしてはいけないんだよ

逆らうと目がくらんで、短期的には良い目にあってもね・・・
・・・・・・・・まぁ、その先は真っ暗闇、ということがよくあるんだ・・・」

ここまで言い尽くすと、ふと遠くを見つめながら。
遠い昔、いや自分の心の何かを見つけ出すように。

「・・・商いだけじゃないね、男女の恋仲もねそうさね・・・
・・・良い女、本当の女神に出会うには感情を曲げてはいけないよ

いくら美人だから、姿かたちが良いからって
そんな見方をするのでなく、惚れたかどうか?感情に身をゆだねる・・・・・」

そんな風に言うと、越後屋はそっと女将の手を握って。
やさしい眼差しで微笑みかけながら。

「・・・出会った意味や損得なんてなくていい・・・
・・・一緒にいられる、そんな時間が幸せならば、ね・・・・・・

商いも恋も、無意識のうちに出来た価値観での一目ぼれ
これが本当の女神に出会うコツさ、そうだよなぁ女将・・・・・・・・・」

と語りかけると。

女将もまた微笑みながら、黙ってうなずきます。

・・・え!?は!?・・・・・こりゃ~、オジャマかな・・・・・・

男女の中には疎(うと)い、武蔵屋の若だんなも。
さすがに感じるものがあったのか、二人のそんな様子に気押しされたのか。

「・・・おっ!もうこんな時刻だ!

越後屋さん、今日はいろいろな話をありがとうございました
私はこれでカゴを呼んで帰ります、越後屋さんはどうなされ・・・・・・・

おっととと、まだいらっしゃいますよね・・・・ではでは、失礼しま~す・・・・・・・」

と座敷をそっとあとにしました。

さてさて。このあと、越後屋と女将がどうなったか・・・・。

それは、みなさまのご想像にオマカセしまして。

越後屋の商い帳、その一の巻き。
チャンスの女神に前髪はない、というお話は。

ここいらあたりで、お開きとさせていただきます。

ではでは。次のお話でお会いできます日まで。
お後がよろしいようで、しばらくのお別れでございます・・・・。

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